2018年05月05日

強い日本女子、急造コリア一蹴 世界卓球

時事通信 5/4(金) 23:13配信

◇死闘制した石川の涙
 世界卓球選手権団体戦(スウェーデン・ハルムスタード)第6日の4日、女子準決勝で日本が前日突然結成された韓国、北朝鮮統一チーム「コリア」を3−0で下し、3大会連続の決勝進出を果たした。国際卓球連盟(ITTF)が取った前代未聞の措置に疑問も残る中、世界の注目を集めることになった一戦で、日本の成長を鮮烈に印象付けた。

 試合後、トーマス・バイカートITTF会長が日本ベンチを訪れた。迷惑を掛けたことへのおわびか、それをはねのけた強さへの敬意か。日本卓球協会の藤重貞慶会長からねぎらいの言葉を掛けられた石川佳純(全農)が、思わずタオルで顔を覆う。泣くのは中国に勝ってからと決めていたはずだが、「泣いちゃった。負けたかと思った」とつぶやいた。
 一番手で伊藤美誠(スターツ)が韓国のエース田志希にストレート勝ち。フットワークを鍛えてきた成果と、持ち前の独創性がかみ合い、初対戦の相手は対応できないままだった。
 試合を決定づけたのは2番手、石川と北朝鮮のエース、カットマンのキム・ソンイの死闘だった。2016年リオデジャネイロ五輪のシングルスで足をすくわれた石川が、2月のチームワールドカップでは雪辱し、これが3度目の対戦。前日のウクライナ戦を見ても、日本のカット対策は進境著しいが、キムは世界トップ級のカットマン。
 第1ゲームは石川が相手のバックを攻めて先取すると、キムもバックのカットを引き付けて立て直し、追い付く。そこから激しい駆け引きの応酬になった。石川がフォアを突けば、攻撃力も一級品のキムが狙い撃つ。打球点を変えながら揺さぶる石川。
 第3ゲームを奪い、そのまま押し切りたい石川だったが、レシーブに迷いが見えて狙われ、打ち急ぎのミスも出始めた。相手が苦し紛れに返してきた変則的な回転の球を打ち損じる場面もあった。「リオの嫌なことも思い出した」という。
 最終ゲームも追いつ追われつ。石川が9−10から追い付いた後、打ち抜いたかと見えたスマッシュを辛くも返したキムのロビングがエッジボールに。恨めし気に肩を落とす石川。それでも粘って2点連取し、マッチポイントを握ったところで、キムの3球目ドライブがネットインからエッジに。
 卓球のネットインとエッジは冷静に考えればお互い様だが、さすがに観客席からブーイングも起きた。石川も「何度もアンラッキーが続いて心も折れそうになった」。逆にマッチポイントを握られた。
 しかし、主将が負けるわけにはいかなかった。ミドルへドライブを集めて粘り、弱気だったレシーブにチキータを使う勇気も出して15−14。最後はキムの返球がコートを割った。大勝負に勝つと跳びはねる石川が、いつになく何度も跳ねながらベンチへ駆け戻る。ベンチで目に光るものを浮かべて応援していた伊藤は「これが本当の強さなんだなと思いました」と尊敬のまなざしを向けた。
 3番手は復調著しい平野美宇(日本生命)の超高速卓球がさく裂。梁夏銀(韓国)の緩急に第3ゲームを奪われたが、第4ゲームはレシーブの幅を広げてリズムを取り戻し、突き放した。

◇日本選手が漏らした本音
 前日、突然生まれた統一チーム。決定直後には明るく受け流すコメントを口にした3人だが、試合後には本音が漏れた。「私たちにとってはすごく大きなハプニングで、予想していなかったチーム編成でもあって、どうしてもプレッシャーを感じていた」と石川。平野は「特殊なチーム編成になって、直前まで誰が来るか分からなかった」と振り返った。
 朝鮮半島情勢の激変を受けた動きとはいえ、大会開幕後に、短時間でルールを超越した特別措置が実現した背景には、卓球界独特の歴史がある。
 ITTFは歴史的に間口の広い組織で、多くの国や地域が早くから加盟していた。いわゆる東側諸国も競技力、発言力を持ち、北朝鮮も存在を確立していて1979年には平壌で世界選手権が開かれている。
 71年世界選手権名古屋大会は、当時国交がなかった米国と中国が急接近する「ピンポン外交」のきっかけとなり、91年の千葉大会では韓国、北朝鮮がスポーツで初めて統一チーム「コリア」を結成している。世界的な大会で個人戦のダブルスで国際ペアを組めるなど、政治の壁が低い有数の競技団体だ。
 そうした風土から、卓球界のリーダーたちは、スポーツを通じた国際交流には卓球が最も適しているとアピールしてきた。とりわけ日本はその中心的役割を果たし、91年のコリア結成を働き掛け、苦難の末に実現させたのも当時ITTF会長の荻村伊智朗氏だった。そうした経緯や現在の政治状況を考えれば、今回のコリア結成に日本が異を唱えにくかったと思われる。
 しかし、大会期間中の統一チーム結成は前代未聞。団体競技ならかえってマイナスになる場合もあるが、個人競技の団体戦では強いチームができるのが一般的。91年千葉大会では女子団体でコリアが常勝・中国を倒して優勝している。荻村氏は大会前から「女子は優勝を狙える」と言っていたが、この時は開幕数カ月前に統一チーム結成が発表され、他のチームにも準備期間があった。特に実現の後ろ盾となった中国は、早くから知っていた。
 確かに今回は、コリアができても中国より強くなるわけではなかった。打倒中国を目指してきた日本が、コリアができたからといってひるむようでは、中国を倒すことはできない。5シングルスで戦う世界選手権の団体戦は、既に立ててきた個別の対策を実行に移す点においては、コリアでも南北別々でも変わりはなかった。
 それでも現実に、選手たちの心は乱れそうになった。当事者であるコリアのオーダーも、微妙な見方ができる。田、キムの両エースを2試合に起用するのは定石として、3番手に梁を使った。日本としては過去に対戦の少ない北朝鮮の選手が出てきた方が不気味だったが、梁を使ったのは南北間で波風が立たないよう実績の序列を優先したのかもしれない。平野は「何度も対戦しているし、むしろ得意な相手だった」と話す。
 石川は「日本の団結力がさらに強くなって、見せつけることができた」と胸を張り、伊藤も「世界で見ていた人たちに、私たちがしっかり勝てましたというところを見てもらえたのがうれしい」と話した。平野は「(コリアができて世界から)注目されてラッキー」と持ち前の「天然」ぶりで周囲を和ませたが、それも日本が勝ったからこそ。
 スポーツは政治から自由でいられない。むしろ卓球は自ら政治に働き掛けてきたが、今回のケースは政治に傾き過ぎとの批判を免れまい。選手を取り巻く環境も変わった。プロ化が欧州中心だった91年当時と違い、今は世界に広がっている。日本も平野が3月にプロ宣言したばかり。大会の成績が、選手やその周囲の人々の生活や人生を左右する時代に、勝敗の行方を変えかねない措置が簡単に行われた事実は、石川の涙で救われるものではないだろう。(時事ドットコム編集部)
posted by beetle at 06:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする