2017年01月27日

トランプ外交は本気で「戦後世界のリセット」を目指すのか

現代ビジネス 2017.01.27 長谷川 幸洋
 
WTO脱退、中国と断交…激動がはじまる

米国のトランプ政権が本格的に動き出した。

日本車に対する批判も気になるが、大統領は中国および欧州との関係も見直す構えを見せている。大統領は戦後世界秩序を形成した基本の枠組みを本気でリセットするつもりなのだろうか。

WTO脱退の「現実味」

まず自動車問題だ。トランプ大統領は1月23日、米国企業幹部たちとの会合で「我々は日本に車を売るのが難しいが、日本は見たこともないような大きな船で何十万台もの車を米国に輸出している。これは公平ではない」と批判した。

大統領は選挙戦でも「日本が米国の牛肉に38%の関税をかけるなら、我々は日本の車にも38%の関税をかける」と公言していた。今回の発言もその延長線上にある。とはいえ、実際にどうするのか、具体策はあきらかでない。

大統領が本当に日本車を狙い撃ちして高関税をかけようとすれば、ハードルはいくつもある。日本から米国に輸出するケースはどうか。米国は日本の乗用車に2.5%の関税をかけているが、それは米国が世界貿易機関(WTO)に約束した上限だ。

だから2.5%以上の関税を課すには、米国はWTOの下で協定を結び直さなければならない。いまWTOの関税交渉(ドーハ・ラウンド)自体が中断しているが、その前に、そもそも自由貿易を推進する立場のWTOの下で関税「引き上げ」交渉が可能なのか、という話もある。

つまりWTOルールに従う限り、米国が一方的に高関税を課すのは極めて難しい。そこで大統領は関税と言わず「国境税」などと正体不明の言葉を使っている。これは法人税の変形を想定しているのではないかと言われるが、中身は不明だ。

そうだとしても、新たな税が実質的に貿易を阻害するならWTO協定違反の疑いが生じる。日本はいくら米国相手でも、いや相手が米国だからこそ、そんな無茶を見過ごすわけにはいかず、WTOの場で米国と法廷闘争を戦うことになるだろう。そんな抜け道を認めれば、悪しき前例が世界中に広がりかねないからだ。

メキシコから日本車を輸出する場合はどうか。

米国はメキシコ、カナダと北米自由貿易協定(NAFTA)を結んでいて、域内では関税ゼロだ。だから、自動車各社は労賃を含めて全体のコストが安いメキシコに工場を作ってきた。

大統領にとってはそれが不満の種で、だからNAFTAの見直しを求めている。見直し交渉が不調に終わり、米国がNAFTAから脱退したとしよう。その場合でもWTOルールには縛られる。結局、米国はWTO協定見直しを求めるか、WTOからも脱退するかという話になる。

つまり、これはどう転んでも先の長い話になる。まずはNAFTAをどうするか、次にWTOをどうするか。延々と続くだろう法廷闘争を経て結局、WTO脱退を言い出すなら、話は単に通商問題にとどまらない。戦後世界秩序そのもののリセットという話になる。

なぜかといえば、WTOこそが世界自由貿易体制の根幹であるからだ。米国がWTOを脱退するとは「米国が自由貿易を止める」という話にほかならない。そんな事態になれば、かつての東西冷戦どころではなく、世界は完全な弱肉強食に逆戻りしかねない。

経済の理屈で考えれば「大統領がそこまで突っ走るはずはない」と思うのが自然だ。「なぁに、どうせビジネスマン一流のはったりで、相手に思い切り一撃をかませ、怯んだところで妥協に持ち込む、そんな作戦ではないか」と考えたいところだ。

だがしかし、である。楽観的に考える前に、他の分野も見ておこう。大統領は中国や欧州との関係でも、同じように「ちゃぶ台返し」ではないかと思われるような大胆な発言を続けてきた。

米中国交断絶の現実味

中国についてはどうか。

大統領は米中関係の基礎といえる「一つの中国」の考え方に縛られない姿勢を鮮明にしつつある。一つの中国とは何か。それは1972年に米中両国が発表した上海コミュニケ(http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19720228.D1J.html)で示された。

上海コミュニケのもっとも重要な部分は次のようだ。

〈 双方は米中両国間に長期にわたって存在してきた重大な紛争を検討した。中国側は台湾問題は中国と米国との間の関係正常化を阻害しているかなめの問題であり、中華人民共和国政府は中国の唯一の合法政府であり、台湾は中国の一省であり、つとに祖国に返還されており、台湾解放は他のいかなる国も干渉の権利を有しない中国の国内問題であり、米国の全ての軍隊及び軍事施設は台湾から撤退ないし撤去されなければならないという立場を再確認した。

中国政府は「一つの中国、一つの台湾」、「一つの中国、二つの政府」、「二つの中国」及び「台湾独立」を作り上げることを目的とし、あるいは「台湾の地位は未確定である」と唱えるいかなる活動にも断固として反対する。

米国側は次のように表明した。米国は台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論をとなえない。米国政府は中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する。

かかる展望を念頭におき、米国政府は台湾から全ての米国軍隊と軍事施設を撤退ないし撤去するという最終目標を確認する。当面、米国政府はこの地域の緊張が緩和するにしたがい、台湾の米国軍隊と軍事施設を漸進的に減少させるであろう 〉

この声明で、中国は「台湾は中国の一省」であると宣言する一方、米国は「台湾は中国の一部分という主張を認識し、これに異論を唱えない」という書きぶりになっている。一見すると、米国が中国の主張に理解を示したように読めるが、これには異論もある。

後段で「中国は一つ」とみなす主語が誰かといえば「台湾海峡の両側の中国人」となっている。台湾も当時「中国の正統政府は中華民国(台湾)」つまり、中国も台湾の一部(すなわち、論理的には台湾も中国の一部になる)という意味で「中国は一つ」と言っていた。

つまり、米国は中国の言い分に丸ごと同意したわけではなく、両岸の中国人、つまり中国と台湾の主張をそれぞれ「認識した」にすぎない(英語ではacknowledged)。そういう理解も成り立つ。

国際問題アナリストの藤井厳喜氏は私が司会を務めている番組『ニュース女子』(TOKYO MXほか。https://www.dhctheater.com/season/23/)で、こうした読み方を紹介したうえで、「だからトランプ大統領は上海コミュニケの原点に戻っただけ」と解説した。

中国にしてみれば、中国流の理解をいまさら米国が認めないという話は到底、容認できない。上海コミュニケが基礎になって79年、米中の国交が樹立された。つまり「一つの中国」原則見直しとは、中国からみると、米中が国交断絶してもおかしくないような話なのだ。

そんな台湾との関係について、トランプ大統領は蔡英文総統から大統領当選を祝う電話を受けただけでなく、政権関係者が中米訪問の前後に米国に入国した総統と会談した。トランプ政権は米中関係を根本から変えるような振る舞いを続けているのだ。

「戦後世界のリセット」を目指す?

それから欧州である。

トランプ大統領は選挙戦の最中、米紙インタビューで「バルト3国が北大西洋条約機構(NATO)が定める条約上の義務を果たしているかどうか」を検討してから、米国が防衛するかどうかを決めると述べていた。当選後は「NATOは時代遅れ」とも言っている。

「時代遅れ」の真意がはっきりしないが、相手国が適切な防衛負担をしないのであれば、米国が守る必要はないと考えているのかもしれない。ただし条約の文言上、加盟国に課せられた相互防衛義務は相手国の財政負担とは何の関係もない。

欧州が戦後70年以上にわたって、曲がりなりにも大戦争を回避し、平和と安定、繁栄を享受できた根本的理由はなんだったか。原点を辿るなら、NATOの枠組みによって米国を欧州の防衛に巻き込むことに成功したからだ。欧州連合(EU)もNATOの基盤の上に成立している。

1949年に創設されたNATOは「米国を引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを押さえ込む」ことが狙いだった。欧州防衛に米国を巻き込めなければ、欧州は自力でロシアに対峙せざるをえない。だが、戦後の欧州にロシアと自力で対決する力は残っていなかった。

だから米国を必要としたのだ。ところがいま、トランプ政権が非常時に欧州防衛義務を果たさないのだとしたら、欧州安定の枠組みは根本から崩壊してしまう。欧州各国がトランプ政権に強い警戒感を抱いているのは、まさしくそのためだ。

トランプ大統領は米中関係の基礎になった「一つの中国」論にも、戦後欧州の基盤であるNATOの防衛義務にも、まるで無頓着であるかのような発言を続けている。まったく同じ調子で日本の自動車を標的にして、自由貿易に挑戦する発言を繰り返している。

そんなトランプ外交は何を目指しているのか。一言で言えば、大統領は「戦後世界のリセット」を目指している、少なくともそのフリをしているようだ。それが単なる大風呂敷の交渉戦術にすぎないならまだしも、本当にリセットしようとするなら大事である。

日本の自動車問題どころではない。世界は大混乱の嵐に見舞われるだろう。トランプ政権は始まったばかりだ。だが、早くも世界に大きな不安を呼び起こしている。熱狂と喝采は終わった。本当の激動が始まる。
posted by beetle at 09:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする